岡本太郎

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岡本太郎(Taro OKAMOTO)作品一覧
神奈川県出身:1911-1996

岡本太郎 略歴詳細
1911年 2月26日、母の実家である神奈川県橘樹郡高津村二子(現在の川崎市高津区二子)で漫画家の岡本一平、歌人で小説家・かの子との間に長男として生まれる。父方の祖父は町書家の岡本可亭であり、当時可亭に師事していた北大路魯山人とは、家族ぐるみの付き合いがあった。
1917年 東京・青山の青南小学校に入学するもなじめず一学期で退学。日本橋通旅籠町の私塾・日新学校、小伝馬町の十思小学校と転校を繰り返す。
1918年 東京・渋谷の慶應幼稚舎に入学、寄宿舎に入る。
1925年 野口冨士男ら同級生と謄写版の同人誌を発行。春のボートレース対抗試合に負けた悔しさを表現した水彩《敗惨の歎き》を制作。
1929年 慶應義塾普通部を卒業、東京美術学校(現・東京芸術大学)洋画科入学するも半年後に中退。父のロンドン軍縮会議取材に伴い、一家で箱根丸にて神戸港をより渡欧。その後、パリ大学ソルボンヌ校で哲学・美学・心理学・民族学を学ぶ。
1932年 パリ大学(ソルボンヌ大学)においてヴィクトール・バッシュ教授に美学を学ぶ。両親が一足先に帰国。ジャン・アルプらの勧誘を受け、美術団体アプストラクシオン・クレアシオン協会のメンバーとなる。
1936年 油彩『傷ましき腕』を制作。
1939年 母かの子が逝去。
1940年 ドイツ軍によるフランス侵攻により、マルセイユからの最後の帰国船・白山丸にて帰国の途につく。
1941年 9月 第28回二科会に滞欧作品『傷ましき腕』『コントルポアン』など4点を出品し、二科賞を受賞する。11月 岡本太郎滞欧作品展(銀座三越)を開催。横光利一、藤田嗣治、岡鹿之助らがパンフレットに寄稿。。
1942年 海外に在住していたために延期されていた徴兵検査を31歳にして受け甲種合格。太平洋戦争下の軍備増強の為、補充兵役召集され帝国陸軍兵として中国戦線へ出征。岡本は最下級の陸軍二等兵扱いだったが、高年齢である30代という事もあり、厳しい兵役生活を送ったと著書で回想している。また、この頃上官の命令で師団長の肖像画を描いている。
1945年 5月に東京・南青山高樹町一帯を襲ったアメリカ軍の焼夷弾による空襲により、岡本太郎のパリ時代の全作品が焼失。
1946年 長安で半年ほど俘虜生活を経たのち復員し東京都世田谷区上野毛にアトリエを構える。
1947年 1月 二科会会員に推挙される。9月 第32回二科展に『夜』『憂愁』を出品。後に養女となる平野(旧姓)敏子と出会う。
1948年 花田清輝、埴谷雄高らと「夜の会」結成。10月11日父・岡本一平没(享年62)。一平のデススケッチを描く
1949年 翌年の現代美術自選代表作十五人展のために、読売新聞美術記者・海藤日出男のたっての希望により、戦災で焼失した油彩画『傷ましき腕』『露天』を再制作。
1950年 読売新聞主催の現代美術自選代表作十五人展に11作品を出品。植村鷹千代と江川和彦、瀧口修造、阿部展也、古沢岩美、小松義雄、村井正誠、北脇昇、福沢一郎らと日本アヴァンギャルド美術家クラブ創立に参加。
1951年 11月 戦後に制作した作品を集め、戦後初の個展岡本太郎展(日本橋三越)を開催。11月7日、東京国立博物館で縄文火焔土器を見て衝撃を受ける。
1952年 「四次元との対話-縄文土器論」を美術雑誌『みずゑ』に発表する。11月に渡欧、翌年5月までヨーロッパを再訪。マックス・エルンスト、ジャン・アルプらと再会する。翌年にかけてパリとニューヨークで個展を開く。
1953年 1月 パリ・クルーズ画廊にて個展を開催。当時パリにいた海藤日出男、菅井汲、今井俊満、田渕安一らの助力を得て展示。オープニングにオシップ・ザッキン、ソニア・ドローネー、ジョルジュ・バタイユ、ミシェル・ラゴン、アンリ・ミショー、フィリップ・スーポーらが来訪する。4月 南フランス・ヴァロリスのパブロ・ピカソのアトリエを訪ね、ピカソと会う。
1954年 アトリエを青山に移し「現代芸術研究所」を設立。『今日の芸術』を光文社からはじめて刊行。6月 第27回ヴェネチア・ビエンナーレに、坂本繁二郎とともに日本代表として出品。
1955年 8月 ヘリコプターで銀座の夜空に光で絵を描く。9月 第40回二科展に『瞬間』を出品。太郎が声をかけた内外の若手作家を集めた第9室が「太郎部屋」と呼ばれ注目を集める。
1956年 8月 築地・松竹セントラル劇場にモザイクタイル壁画『青春』を制作。9月 旧東京都庁舎(丹下健三設計)に『日の壁』『月の壁』など11の陶板レリーフを制作。11月 国際アートクラブが企画した世界・今日の美術展(主催・朝日新聞社)にジョルジュ・マチウ、サム・フランシスジャン・フォートリエらアンフォルメルの作家を多数紹介する。
1957年 7月 第11回ミラノ・トリエンナーレに陶板壁画『陽』を出品。46歳にしてスキーを始める。
1958年 4月 国鉄(現・JR)神田駅に『花ひらく』等、3面のクラッシュタイル壁画を制作。
1959年 初めて沖縄に旅行し「御嶽」に感動する。またこの年から彫刻を始める。
1960年 7月 東京・銀座松屋中央ホールに空間造形『真夏の夢』を制作。
1961年 草津白根山でスキー中に骨折入院(同じ病院には石原裕次郎が入院していた)。療養中に油彩『遊ぶ』、彫刻『あし』を制作。『忘れられた日本――沖縄文化論』が毎日出版文化賞受賞。
1962年 11月 川崎市高津区・多摩川河畔に岡本かの子文学碑『誇り』を制作。
1963年 2月 フランス、アメリカ、イタリア、メキシコを旅行する。11月 『坐ることを拒否する椅子』を制作。12月 東京・池袋駅前広場に、東京オリンピックを記念したモニュメント『ヴィクトリー・ポール』を制作。
1964年 1月 岡本太郎展(第1会場/池袋・西武百貨店、第2会場/銀座・東京画廊)を開催。第1会場の会場構成は磯崎新が担当。名古屋、川崎、仙台、福岡、千葉、大阪を巡回。7月 丹下健三設計による国立代々木競技場第一体育館に『競う』など8面の陶板レリーフを制作。8月 東京オリンピック参加記念メダルの表側をデザイン。9月 『神秘日本』(中央公論社)を出版。11月 韓国を取材。
1965年 名古屋の久国寺に梵鐘『歓喜』制作。
1966年 1月 香港、マカオを取材旅行。7月 伊豆・日通伊豆富士見ランドに『太陽の鐘』等を制作。12月 銀座・数寄屋橋公園に『若い時計台』を制作。沖縄を再訪し、イザイホーの神事を取材。
1967年 5月 山形県・寒河江市庁舎中央ホールに光る彫刻『生誕』を制作。7月 日本万国博覧会のテーマ展示プロデューサーに就任。テレビ映画「岡本太郎の探る中南米大陸」撮影のため中南米を旅行。8月 メキシコの実業家から建設中のホテルの壁画制作を依頼される。12月 万国博テーマ館の基本構想とスケッチが新聞各紙に発表される。
1968年 1月 万国博への国際協力要請のため、パリ、プラハ、ロンドンを歴訪。グルノーブル・オリンピックを視察。2月 メキシコのホテル、オテル・デ・メヒコの大壁画『明日の神話』制作のため、現地にアトリエを構える。9月 初めて建築設計を行った《マミ会館》(東京・大田区山王)が竣工。。
1969年 4月 愛知・犬山ラインパーク(現・日本モンキーパーク)に『若い太陽の塔』を制作。8月 大分・別府駅前サンドラッグ・ビルの外壁に陶板レリーフ壁画『緑の太陽』を制作。9月 メキシコにて『明日の神話』完成。
1970年 3月 大阪の日本万国博覧会シンボルゾーン中央に『太陽の塔』『母の塔』『青春の塔』を含むテーマ館が完成。テーマ館館長に就任。7月 パリにて個展La vie quotidienne a` Tokyo en 1970を開催。
1971年 7月 パリ、フォーブル・サントノーレ芸術祭「街の美術館」に『樹人』を出品。「祭りの王様」に選ばれる。『美の呪力』(新潮社)を出版。11月 名古屋・オリエンタル中村百貨店の正面外壁に『光る大壁画』を制作。
1972年 3月 山陽新幹線開通にあわせ、新幹線岡山駅に陶板壁画『躍進』を制作。ミュンヘン市・ハウス・デア・クンストで開催されたシュルレアリスム1922-1942展に『傷ましき腕』を出品。パリ装飾芸術美術館に巡回(5月まで)。5月 ミュンヘン・オリンピック公式メダルを制作。
1973年 7月 岡本太郎デザインの飛行船レインボー号が空を飛んだ。スポンサーは積水ハウス。パリ、ポール・ヌムールより版画集『アプストラクシオン・クレアシオン―アール・ノンフィギュラティーフ 1932-36』が刊行される。アルプ、ワシリー・カンディンスキー、モンドリアンらとともに代表作家30名に選ばれる。
1974年 3月 NHK放送センター・ロビーにレリーフ壁画『天に舞う』を制作。8月 『TAROきもの』発売。11月 パリ、ポール・ヌムールより、シルクスクリーン版画集『絶対的、そして無目的に』を刊行。12月 長野県・野沢温泉に『シュナイダー記念碑』を制作。諏訪大社近くの「万治の石仏」に出会い、絶賛する。
1975年 1月 『太陽の塔』の永久保存が決定される。7月 パリ大学民族学教授ジャン・ルーシュによるドキュメンタリー映画「岡本太郎-マルセル・モースの肖像」が、イタリア・アゾロ映画祭で伝記映画賞を受賞。10月 パリ国際センターに『風』『いこい』など5枚のレリーフ壁画を制作。
1976年 キリン・シーグラムから発売されたブランデーの記念品として『顔のグラス』を制作。「グラスの底に顔があってもいいじゃないか」が流行語になる。11月 スペインを取材
1977年 1月 ティーセット『夢の鳥』が発売される。7月 スペイン国立版画院に、日本人作家として初めて銅版画『石と樹』等が収蔵される。
1978年 9月 毎日放送のテレビ番組『もうひとつの旅』撮影のために訪れたマヨルカ島で、ショパンが使用したピアノを弾く。パリ、バルセロナを取材。10月 福山市・日本はきもの博物館中庭に『足あと広場』を制作。
1979年 2月 札幌雪まつり30周年を記念するシンボル大雪像《雪の女神》を制作。慶應義塾大学の卒業記念品としてペーパーナイフを制作。はじめての著作集が講談社から翌年にかけて刊行される。
1980年 2月 挑む岡本太郎展(新宿・小田急グランドギャラリー)を開催。これを記念して新宿駅西口広場で、絵画文字『挑む』の公開制作を行う。3月 鯉のぼり『TARO鯉』が発売される。4月 諏訪の御柱祭を取材する。
1981年 6月 テレビセミナー「マイコン時代」(TBS)に出演、はじめてコンピューターで絵を描く。7月 岡本太郎展(山梨県立美術館)を開催。11月 画集『遊ぶ字』(日本芸術出版社)を刊行。日立マクセルのCMに出演。ピアノを叩き叫んだ言葉「芸術は爆発だ!」が同年の流行語大賞の語録賞を受ける。
1982年 3月 島根県・松江市総合運動公園に島根くにびき国体のシンボル『神話』を制作。7月 青森県・古牧温泉渋沢公園に『かっぱ神像』を制作。12月 相模原市・西門買物公園通りに『呼ぶ 赤い手・青い手』を制作。慶和幼稚園(名古屋市港区)の新園舎の竣工にあたり、遊戯室にモザイク壁画『あそび』を制作。
1983年 6月 徳島県・大塚製薬徳島研究所に高さ22メートルの陶板壁画『いのち踊る』を制作。
1984年 4月 フランス香水フェアのシンボル『香りの塔』をラフォーレ原宿前に制作。10月 栃木県・鹿沼市民文化センターに『夢の樹』を制作。フランス政府より芸術文化勲章オフィシエを受章。
1985年 つくば万博のシンボルモニュメント『未来を視る』を制作。あわせて万博記念発売の洋酒ボトルをデザインする。こどもの城のシンボルモニュメント、『こどもの樹』を制作。
1986年 5月 岡本太郎の世界展(名古屋・名鉄百貨店)を開催。大阪、茨城県・笠間、新潟、仙台、金沢を巡回。福井県三方町で復元された縄文前期の丸木舟の進水式で舟長として舟を漕ぐ。
1987年 3月 「さよなら国鉄・新生JR」の記念メダル『出発』を制作。4月 NHKテレビドラマ「ばら色の人生」に俳優として出演。
1988年 4月 ぎふ中部未来博にシンボルモニュメント『未来を拓く』を制作。9月 ダスキンのフリーデザインマットのコマーシャルに出演。翌年、アメリカの第29回国際放送広告賞を受賞する。10月 船橋市・ふなばしアンデルセン公園に《平和を呼ぶ》を制作。
1989年 フランス政府より芸術文化勲章コマンドゥールを受章。
1990年 8月 岩手県・藤沢町の縄文野焼祭・縄文サミットに参加。シンボルとして『縄文人』を制作。
1991年 4月 青森県・奥入瀬渓流グランドホテルに暖炉彫刻『森の神話』を制作。5月 東京都庁舎移転のため、旧庁舎に設置されていた1956年作の陶板レリーフが取り壊される。
1992年 油彩『疾走する眼』制作。
1993年 4月 浦安市運動公園に『躍動の門』『五大陸』を制作。9月 川崎市・入江崎総合スラッジセンターに陶板壁画『水火清風』を制作。
1994年 三重県で開催される世界祝祭博覧会のシンボルモニュメント『であい』制作。
1995年 10月 岡本太郎展(大阪・髙島屋、広島市現代美術館を巡回)を開催。
1996年 1月7日 急性呼吸不全のため慶應義塾大学病院にて逝去。享年84歳。2月 草月会館草月プラザにてお別れ会「岡本太郎と語る広場」が開かれる。4月 青森県・奥入瀬渓流第二グランドホテルに暖炉彫刻『河神』が完成。7月 世界・炎の博覧会のシンボルモニュメント『花炎』が完成。11月 財団法人岡本太郎記念現代芸術振興財団が設立される。同財団が「岡本太郎記念現代芸術大賞」を創設。
没後
1998年 青山の住居兼アトリエ跡に岡本太郎記念館が開館。
1999年 神奈川県川崎市多摩区の生田緑地内に川崎市岡本太郎美術館開館。
2005年 養女・岡本敏子逝去(79歳)。
2006年 7月7日 壁画《明日の神話》が汐留日テレプラザにて初公開される。これを期に岡本太郎ブームが再燃する(Be TAROと呼んでいる)。11月28日 約60年間行方不明になったものと思われていた1947年(昭和22年)制作の油彩画『電撃』と、敏子をモデルとしたと見られる未発表の女性のデッサン画が発見される。11月29日『電撃』を修復前に一般公開。
2007年 2月15日 『明日の神話』の下絵(縦29センチ、横181.5センチ)が、岡本太郎記念館(東京都港区)で発見される。
2008年 3月 『明日の神話』の恒久設置場所が東京都渋谷区の京王井の頭線渋谷駅連絡通路に決まる。同年11月17日より一般公開開始。
2011年 1月 太郎の生誕100年を記念し出身地の川崎市を本拠地とするJリーグ所属の川崎フロンターレがユニホームデザインの一部として、生前に製作したデザイン文字「挑」を採用することを発表。
岡本太郎

岡本太郎「黒い太陽」版画 1981年

岡本太郎「黒い太陽」版画 1981年

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岡本太郎「未来を見た」版画39×54cm

岡本太郎「未来を見た」版画

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岡本太郎

岡本太郎「双子座」版画40×56.8cm

岡本太郎「双子座」版画

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岡本太郎「海辺」版画50×64.5cm

岡本太郎「海辺」版画

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岡本太郎「母」版画71×57.9cm

岡本太郎「母」版画

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岡本太郎「流れる夢」版画40.5×39cm

岡本太郎「流れる夢」版画

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岡本太郎「石と樹」銅版画27.5×35.5cm

岡本太郎「石と樹」銅版画

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岡本太郎「風神」銅版画28.8×35.6cm

岡本太郎「風神」銅版画

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岡本太郎「虫と子供」版画38.5×47cm

岡本太郎「虫と子供」版画

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岡本太郎「子供の時間」版画47×39cm

岡本太郎「子供の時間」版画

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岡本太郎「夢:遊ぶ字」版画43×30cm

岡本太郎「夢:遊ぶ字」版画

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岡本太郎「歓喜」木版画45.5×33.5cm

岡本太郎「歓喜」木版画

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岡本太郎「ドラマ」版画39×56.5cm

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岡本太郎「エクセホモ」版画51×37cm

岡本太郎「エクセホモ」版画

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岡本太郎「犬」版画38.5×56cm

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岡本太郎「愛と平和」版画42.5×42.7cm

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岡本太郎「挑み」版画50×39cm

岡本太郎「挑み」版画

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岡本太郎「哄笑」版画リトグラフ59×46cm

岡本太郎「哄笑」版画

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岡本太郎「眼と眼」銅版画29×36cm

岡本太郎「眼と眼」銅版画

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